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歙県県城の西側の練江のほとり、太平橋の西側、披雲峰の麓にある。唐の天宝年間、詩人李白は歙県へ隠士許宣平を訪ねてきて、練江の西側の酒場で飲んでいた、後の人は李白の歙県の旅を記念するために元の酒場を太白楼に改名したのです、歴史上太白楼は何回も建て直されました、現存の楼閣は明代の建築で 、清代に修理されたものです。 新安碑園 歙県県城の西側、太白楼の後ろにある。碑園の中には「余清斎」と「清鑑堂」ツーセットの碑帖及び「壊素自叙帖」、董其昌の「画禅室随筆」など刻石が250枚余り収蔵されています。「余清斎帖」は正編六冊、1596年秋刻、続編二冊、1614年夏刻。明代の収蔵家呉廷の所蔵された晋、唐、宋代の有名な墨跡で、当時の有名な書道家董其昌、陳継儒の鑑定の上で、刻まれたものです。「清鑑堂帖」は1634年に明代の収蔵家呉貞によって刻まれ、現存された碑帖は103枚で、晋代から明代までの名家24名の31枚の作品を集めたのです。その内、王羲之の「澄清堂主帖」上、下巻、王献之、唐代の虞世南、顔真卿、壊素、宋代の蘇東坡、黄庭堅、 「余清斎」と「清鑑堂」の碑帖は日本の書道界でとても人気がある、「書道の宝物なり」と評価され、日本の書道博物館の中には「余清斎」の昔の拓本が収蔵されています。
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