杭州
杭州市は浙江省の省都で、政治、経済、文化の中心地であります。西湖、蕭山、余杭などの八つ区と富陽、臨安、建徳、淳安等の五つの県(市)を管轄しています。総面積は16596平方キロ、人口は642.8万、その内、市内面積は3068平方キロ、人口は393.2万人であります。
杭州は悠久な歴史を持って、中国歴史文化の町で、中国の七大古都の一つであります。早くも4700年前の新石器時代から人類が生活していまして、文明の曙と言われた「良渚文化」を産み生し、中国文明の発祥地の一つでもあります。紀元前222年の秦の時代から県を設けて以来、2200年の歴史を持って、また五代十国時代の呉越国と南宋時代の都とされたことがありあます。
五代十国時代の呉越国は杭州に58年間都を置いて、当時の経済、文化の中心地として繁栄していました。呉越国の皇帝は仏教の信者で、968年に保しゅく塔を建立し、970年に六和塔、975年に雷峰塔を建立しました。また、煙霞洞の十六羅漢像と慈雲嶺南麓の壁に七体の仏像を彫ったそうです。現在杭州西湖周辺の寺や、塔、石窟等の古跡は大体その時代に造ったものです。
1129年、宋の皇帝高宗は杭州に都を移ってきて、杭州を「臨安府」と名付けて、140年間杭州を都としました。南宋時代の都市発展は世界一で、交易は盛んにやりました。対外貿易も相当発達しており、日本、コーリ、ボース、大食などの50カ国と友好往来と貿易関係を持っていました。酒屋、レストラン、旅館、茶館等のサービス業が繁栄して、国内外から大勢集めていました。
有名なマルコポー口が杭州を「世界最も美しく華やかな都市」とほめ賛えました。中国でも古来から「上に天堂あれば、下に蘇州・杭州あり」ともいわれました。
1.杭州の名勝旧跡
【霊隠寺】
1600年前の東晋時代に建立され、当時、インドからの慧理和尚は杭州に来られ、ここの山々を見て、「仙霊が隠れている」と思い、お寺を建てて、霊隠寺と名付けた。その後、何回も造り直しましたが現在は杭州の最大の寺として、中国十大名刹に入っています。山門の飛来峰に四川省の大足石刻と同じような石窟があります。
【六和塔】
西暦970年に建立され、河の潮を鎮圧するために建立されたものです。現在の六和塔は西暦1153年に作り直し、高さが60メーターの八角形の塔です。中は7階建てで、外は13階もあります。レンガと木を使って造ったもので、中国ではこのような塔は六和塔しか残っていません。塔の最上階から銭塘江の景色がごらんになれます。
【雷峰塔】
歴史は五段階に分けられます。西暦の975年に呉越国の国王は七階建ての八角形の塔を造って、雷で壊されました。南宋時代に五階建ての楼閣式のものを作り直したものです。明の時代に屋根の部分は戦乱で壊れ、中のレンガ造りの部分だけが残った。1924年にレンガ造りの部分も壊され雷峰塔は遺跡だけが残った。2002年から遺跡の跡で、南宋風の鉄筋コンクリートの雷峰塔を復元した。「白蛇伝」という恋物語はここで発生したという。
【万松書院】
1498年の明の時代に造られ、清の時代に中国最高の学校の一つとして有名。中国四大伝説の「梁山伯と祝英台」はここで勉強したことがあります。
【西冷印社】
西冷印社は中国著名な学術団体で、1904年に創立した。中山公園の西に位置し、主な建築は、竹閣、柏堂で、社内に収蔵されている「三老読字忌日碑」は東漢初年のものであり、浙江省では最も古い石碑である。宝印山房では、展示だけでなく、石碑、拓本、書画、印材などの販売も行っている。
【宋城】
北宋時代の有名な画家が画いた「清明上河図」を再現したテーマーパークです。城内の店舗や宿及び大道芸等は北宋と南宋の繁栄した都を復元しています。
【河坊街】
清河坊歴史文化街エリアは元清河坊、鼓楼、呉山天風を中心とし、胡慶余堂や胡雪岩故居、南宋御街、呉山文化広場、城隍閣などの歴史古跡と観光スポットを持ち、文化性と商業性を一体にした特色あるビジネス観光エリアです。修繕後の清河坊は、建築様式に清末の街の風景を取り入れ、商業方式の面で、昔の清河坊の歴史文脈を受け継ぎ、まるで杭州歴史の縮図街です。
【胡慶余堂】
漠方薬の専門的な博物館であり、中国の童要文化財でもある。胡慶余堂は個1874年に創始され、北京同仁堂と並んで、中国でも有名な国薬・漢方薬の老舗である。胡慶余堂漢方薬博物館は清代建築を主体としている。館内には、名医、名薬、製
薬道具と一万種類を越える薬草の展示品があり、漢方薬の実演と販売も行っている。見学後著名な漢方医者に診断してもらえ薬膳料理も賞味できる。
【富陽龍門古鎮】
完璧に保存された明清建築の村落であり、村民は90%以上は呉の孫権の子孫です。伝統的な江南の民俗も体験できます。中国造紙文化村:1600年前の造紙と印刷の全過程を展示しており、お客様が直接に体験していただける参加型のテーマパーク
です。
【余杭良渚文化遺跡】
新石器時代末期(5300〜4000年前)に長江下流地域に存在した重要な古代文明で、1936年に浙江省杭州市余杭区良渚鎮で最初に発見されたため良渚文化と命名された。発達した文化水準や精細で美しい玉器を製作していたことで知られている。
良渚文化では、世界で最も早く、犂による大規模な稲作が行われていたほか、大型の建築物や社会組織も存在していたことから、「東方文明の曙光」と称されている。良渚遺跡では近年、重要な考古学的発見が相次いでおり、「中国十大考古新発見」に選ばれています。
【余杭径山寺】
徑山寺は唐の時代に初めて建立され、南宋時代に「五山十刹」のトツプになり、日本仏教臨済宗の大本山である。徑山雲霧茶は中国名茶で、徑山茶宴は国内外に知られ、日本茶道の源だといわれます。建徳九姓漁民婚礼=伝説によりますと「九姓漁民」というのは明の初期に陳友諒及び部下の子孫だそうです。朱元章と天下を争う中に負けた彼らは永遠に岸に上がっていけない水上生活に追放され、特有の水上結婚式が形成された。
【杭州美人】
古くから杭州は美しい山水と西湖は大勢の美人を養成しました。春夏秋冬のいつでも杭州の美人は西湖の水と同じようにやさしいものです。
2、杭州の山水風景
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