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徽州文化

「一生痴絶處、無夢到徽州」、安徽省南部の黄山市は昔、「新安」、「徽州」などと呼ばれて、長い歴史の中で商業が発展、名人が輩出、文化が盛んで、素晴らしい徽州文化をはらみ出しました。この貴重な文化は敦煌文化、チベット文化と並んで中国の三大地域文化の一つとなりまして、世界各地の研究者と観光客の目を引き付けています。

昔の徽州は今の屯渓、歙県、イ県、祁門、休寧、ム源、績渓などの広い地域に及んで、「徽」という文字の山冠のように三分の二以上が山で、貧乏な山区でした。いわゆる「八山半水半分田、一分道路と庄園」です。また、歴史上には政権の交替によって北側の中原辺りの戦乱が絶えず、戦火を避けるためにこの山の奥に逃れた人々が増える一方でした。大量の人口が徽州に入ってきて、耕地が少なくて、大量の人口を養うことが出来なかったのです、自然環境に恵まれなかった徽州の人達は生計のために、山を超え、新安江沿いに出稼ぎ、商売をしなければならなかったのです。長年の苦労をして、徽州の商人が成功し、特に明、清の時代には徽州商人がピークの時期が迎え、徽州商人のいない所が町になれないほどでした。

徽州商人は儒商で「賈而も儒好む」、教育を重んじておりました、書院をつくり、教育に惜まず投資しつづけ、沢山の人材を養成しました、明、清の両代には徽州出身の進士は618名もおり、「親子尚書」、「同胞翰林」、「兄弟丞相」なども稀れなことではなかったのです。「東南の斉魯、文化の邦」とも言われた徽州は各領域でも独特な流派と風格を形成しました。朱熹を代表とする新安理学、漸江を代表とする新安画派、戴震を代表とする徽派朴学、及び徽州建筑、新安医学、徽州料理、徽州方言、徽州版画、徽州彫刻、徽州盆栽など、いずれも素晴らしい成果を挙げて、燦爛たる文化遺産になりました。徽州大地には古い牌坊、古い民宅、古い塔、古い橋、古い祠堂が沢山残され、古い建築は「古色古香」で、独特の風格を持ち、木彫り、竹彫り、石彫り、煉瓦彫りなどの彫刻が巧妙を極めています。安徽南部の古村落はユネスコに『世界の文化遺産』に登録されていました。山紫水明な徽州、白い壁、黒い屋根の建物、至る所の名所旧跡、燦爛たる伝統文化、是非見逃さないでください!

 

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